今日は気分転換に鳥の写真を載せました。私の家には毎日数種類の鳥たちがやってきます。冬の間中庭にいたキビタキは北国へ帰りました。モズはまだ居座っています。メジロや鶯はこの頃来なくなりました。山バトは我が家の庭で今年も子育てが
をしました。鳥が食べる実のなる木も数種類植えています。
ゴイサギがやって来て池の金魚をねらっていたのですが。ボーダーコリーBorder collieのハナちゃんが我が家に来てからは来なくなりました。時々遠くの神社かお寺の森でフクロウが鳴いています。 どうも神社のなのみの大木のウロに巣を作っているようです。そのような大木もあちこちで切り倒されてフクロウの子育てができなくなりつつあるようです。
2008年6月12日木曜日
Bird watching
2008年6月10日火曜日
2008年6月8日日曜日
2008年6月7日土曜日
五色のどくだみColor leaf
池の周りがいつの間にか賑やかになっていたので写真を撮って冬に撮ったときの写真と比べてみました。5色Color leafのどくだみが大変きれいです。数年前に小さな鉢に植えられていたものを買ってきてここまで増えました。普通のどくだみもたくさん生えているのですがそれはそろそろ刈り取ってお茶にしようと思っています。どくだみのお茶は体にいいんですよ。花の咲く今頃が摘み時です。慣れると大変おいしいお茶です。去年は摘んだものを干していたらその中に近所の猫がウンチをしてしまってどくだみ茶は諦めました。今年こそはと思っています。
こうして写真で見比べてみると季節によって随分と雰囲気が変わるんですね。この池と周りの石は自分で配置しました。欠点は深くしたので大雨のときは池自体が水に浸かってしまうことです。
2008年6月6日金曜日
Japanese scenery
川瀬巴と知る人ぞ知る玉堂の絵です。被本の風景の美しさがよく表現されていると思います。江戸時代日本に来たヨーロッパ人は日本の景色を箱庭みたいで素晴らしく、人が自然の中に溶け込んで生活しているというようなことを表現した文を読んだ事があります。まだ私が若い頃、一本の花の咲く木に蝶をはじめありとあらゆる昆虫が舞っていました。その美しさが眼に焼きつき、その感覚が今でも残っています。その頃自然が生き生きとしてたのを思い出します。発展という言葉をよく使うけど、何を基準にして発展という言葉を使っているのですかね。日本のよさ、美しい日本Beautiful Japanを取り戻したいです。でも都会のコンクリートに囲まれた中で育った人にはなかなかわからないかもしれないな。知り合いの庭師さんが言ってたけど、豊かな緑の庭のある家で育った子に悪い子はいないそうです。2008年6月2日月曜日
白川郷The world's cultural and natural heritage
雨の降る5月白川郷に行きました。写真の一部を紹介します。高山に行く途中ふと、行ってみようという事になり2時間程度でしたが散策しました。この白川郷はドイツの建築学者ブルーノ・タウト(1880~
2008年5月28日水曜日
風情を残したいJapanese taste
近くに築100年以上経つ家があるのですが、100年ほど前のガラス戸を数十枚捨ててしまったとのことでした。もう少し早ければもらえたのですが残念です。新しいものではなかなか風情が出せないですからね。2008年5月24日土曜日
Ukiyoe Hirosige 広重
広重の浮世絵と1910年代に映された同じ場所の写真です。今はこの場所はどうなっているんでしょうかね?多分この橋はもうないだろうな。
広重についてウィキヘぺディアからコピーしました。いいのかな?
歌川 広重(うたがわ ひろしげ、寛政9年(1797年) - 安政5年9月6日(1858年10月12日)は、浮世絵師。江戸の町火消しの安藤家に生まれ家督を継ぎ、その後に浮世絵師となったが 現代広く呼ばれる安藤広重(あんどう ひろしげ)なる名前は使用しておらず、浮世絵師としては歌川広重が正しいと言える。
広重は、江戸の下級武士・八代洲河岸火消屋敷の同心、安藤源右衛門の子として誕生、幼名徳太郎、のち重右衛門また徳兵衛とも称す。幼い頃から絵心が勝り、文化8年(1811年)(15歳)頃、はじめ初代歌川豊国の門に入ろうとしたが、門生満員でことわられ、歌川豊廣(1773年?-1828年)に入門、翌文化9年(1812年)に歌川廣重の名を与えられた。
11年後の文政6年(1823年)には、家業の火消同心を辞め、絵師を専門の職業にした。
天保元年(1830年)一幽斎廣重と改め、花鳥を描いていたが、文政11年(1828年)師の豊廣の死のあとは風景画をおもに制作した。天保3年 (1832年)、一立齋(いちりゅうさい)と号を改めた。
安政5年に没するが、死因はコレラだったと伝えられている。
[1]歌川広重の作品は、ヨーロッパやアメリカでは、大胆な構図などとともに、青色、特に藍色の美しさで評価が高い。
この鮮やかな青は藍(インディゴ)の色であり、欧米では「ジャパンブルー」、あるいはのフェルメール・ブルー(ラピスラズリ)になぞらえて「ヒロシゲブルー」とも呼ばれる。
ヒロシゲブルーは、19世紀後半のフランスに発した印象派の画家たちや、アール・ヌーヴォーの芸術家たちに大きな影響をあたえたとされ、当時ジャポニスムの流行を生んだ要因のひとつともされている。














我が家のカラーリーフのいくつかを写真にとってみました。






