2008年6月12日木曜日

Bird watching

今日は気分転換に鳥の写真を載せました。私の家には毎日数種類の鳥たちがやってきます。冬の間中庭にいたキビタキは北国へ帰りました。モズはまだ居座っています。メジロや鶯はこの頃来なくなりました。山バトは我が家の庭で今年も子育てがをしました。鳥が食べる実のなる木も数種類植えています。
ゴイサギがやって来て池の金魚をねらっていたのですが。ボーダーコリーBorder collieのハナちゃんが我が家に来てからは来なくなりました。時々遠くの神社かお寺の森でフクロウが鳴いています。 どうも神社のなのみの大木のウロに巣を作っているようです。そのような大木もあちこちで切り倒されてフクロウの子育てができなくなりつつあるようです。



















2008年6月10日火曜日

懐かしい古の家 House of a dear old style


                              写真の家は私の家から車で20分ほどの
大分県杵築に残る武家屋敷Samurai residenceです。
浮世絵ukiyoeは有名な歌川広重東海道五拾三次の名物茶屋です。
このような杵築の家も私が幼い頃は普通に見られたような気がします。
私の近所にこのような家がありますが、
もう20年ほど誰も住んでなく、
猫の住みかになっています。
庭には池があってそこに大変きれいなタナゴが泳いでいたのを覚えています。
苔むした素晴らしい庭でしたがいまは竹だらけで入ることさえできません。
近所の方が
もったいないのでその家を購入し様としましたがうってもらえなかったらしく、
そのママ荒れ放題になってしまいました。

2008年6月8日日曜日

Color leaf


























我が家のカラーリーフのいくつかを写真にとってみました。
普段あまり意識しないけど、
斑入りの植物や様々な色をした植物が自分の庭だけでもけっこうあることに気づきました。
というよりいつの間にか色のついた植物を植えていたということになります。
今はあちこちに植えてあるけど、
同じ系統の色をそろえるのも面白いかなと思います。
日本では古くから花より葉をめでる文化が育まれていたようです。
万年青、観音竹,棕櫚竹、ギボシなど古典植物では
きれいな葉の品種改良が盛んに行われたようです。
欧米にも輸出されて、
今では改良さたものが随分と輸入されているようです。    



















































2008年6月7日土曜日

五色のどくだみColor leaf

池の周りがいつの間にか賑やかになっていたので写真を撮って冬に撮ったときの写真と比べてみました。5色Color leafのどくだみが大変きれいです。数年前に小さな鉢に植えられていたものを買ってきてここまで増えました。普通のどくだみもたくさん生えているのですがそれはそろそろ刈り取ってお茶にしようと思っています。どくだみのお茶は体にいいんですよ。花の咲く今頃が摘み時です。慣れると大変おいしいお茶です。去年は摘んだものを干していたらその中に近所の猫がウンチをしてしまってどくだみ茶は諦めました。今年こそはと思っています。


こうして写真で見比べてみると季節によって随分と雰囲気が変わるんですね。この池と周りの石は自分で配置しました。欠点は深くしたので大雨のときは池自体が水に浸かってしまうことです。





2008年6月6日金曜日

Japanese scenery


川瀬巴と知る人ぞ知る玉堂の絵です。被本の風景の美しさがよく表現されていると思います。江戸時代日本に来たヨーロッパ人は日本の景色を箱庭みたいで素晴らしく、人が自然の中に溶け込んで生活しているというようなことを表現した文を読んだ事があります。まだ私が若い頃、一本の花の咲く木に蝶をはじめありとあらゆる昆虫が舞っていました。その美しさが眼に焼きつき、その感覚が今でも残っています。その頃自然が生き生きとしてたのを思い出します。発展という言葉をよく使うけど、何を基準にして発展という言葉を使っているのですかね。日本のよさ、美しい日本Beautiful Japanを取り戻したいです。でも都会のコンクリートに囲まれた中で育った人にはなかなかわからないかもしれないな。知り合いの庭師さんが言ってたけど、豊かな緑の庭のある家で育った子に悪い子はいないそうです。

2008年6月2日月曜日

白川郷The world's cultural and natural heritage













雨の降る5月白川郷に行きました。写真の一部を紹介します。高山に行く途中ふと、行ってみようという事になり2時間程度でしたが散策しました。この白川郷はドイツの建築学者ブルーノ・タウト(1880~1938)が、著書『日本美の再発見』で昭和10年に紹介され、知れわたるようになったそうです。このブルーのタウトの『日本美の再発見』は読むだけで古い日本のよさに郷愁を感じてしまいまう素晴らしい本です。岩波から出版されています。ほんの40年ほど前はほとんどすべての家が今よりかなり広範囲の地域においてこのような茅葺屋根の家が残っていたそうです。私の住んでいる近くに城下町があります。私が学生の頃30年ほど前は古い町並みが残っていましたが今では数軒の家が当時の面影を残しているのみです。誰かが呼びかけて保存していれば今頃は間違いなく観光地になっていただろうと思われます。昔の家は住みにくいということで建て替えているようですがうまく利用してリフォームして大変快適に過ごしている人を知っています。土壁や畳の素晴らしさは変えるものがないと大工さんが言っていました。 ダムの建設でかなりの合掌造りの家屋が消失したと聞いてかっかりさせられました。





















































































































































































































































































2008年5月28日水曜日

風情を残したいJapanese taste


近くに築100年以上経つ家があるのですが、100年ほど前のガラス戸を数十枚捨ててしまったとのことでした。もう少し早ければもらえたのですが残念です。新しいものではなかなか風情が出せないですからね。
古いガラス戸を通して見た苔むした庭もなかなかよいものです。少々風が入ってきてもそれも自然と一体感があっていいのではないかと思います。古い旅館でも行かないと味わえなくなってきました。
昭和10年頃に、日本中を旅行した建築家のモースの書いた『日本美の再発見』という本岩波から出てますが是非読んでください。日本の家屋に泊まったとき,障子から入ってくる月明かり、遠くから聞こえてくる汽車の音、---
外と中が一体になった日本の家屋の素晴らしさに触れています。ブル―丿タウトは江戸から明治、昭和になるにつれて日本のよさがどんどん失われていくことを憂いてました。今の日本を見たらどう思うでしょうかね。











2008年5月24日土曜日

Ukiyoe  Hirosige 広重

広重の浮世絵と1910年代に映された同じ場所の写真です。今はこの場所はどうなっているんでしょうかね?多分この橋はもうないだろうな。



広重についてウィキヘぺディアからコピーしました。いいのかな?

歌川 広重(うたがわ ひろしげ、寛政9年(1797年) - 安政5年9月6日1858年10月12日)は、浮世絵師江戸町火消しの安藤家に生まれ家督を継ぎ、その後に浮世絵師となったが 現代広く呼ばれる安藤広重(あんどう ひろしげ)なる名前は使用しておらず、浮世絵師としては歌川広重が正しいと言える。

広重は、江戸の下級武士・八代洲河岸火消屋敷の同心、安藤源右衛門の子として誕生、幼名徳太郎、のち重右衛門また徳兵衛とも称す。幼い頃から絵心が勝り、文化8年(1811年)(15歳)頃、はじめ初代歌川豊国の門に入ろうとしたが、門生満員でことわられ、歌川豊廣(1773年?-1828年)に入門、翌文化9年(1812年)に歌川廣重の名を与えられた。
11年後の文政6年(1823年)には、家業の火消同心を辞め、絵師を専門の職業にした。
天保元年(1830年)一幽斎廣重と改め、花鳥を描いていたが、文政11年(1828年)師の豊廣の死のあとは風景画をおもに制作した。天保3年 (1832年)、一立齋(いちりゅうさい)と号を改めた。
安政5年に没するが、死因はコレラだったと伝えられている。

[1]歌川広重の作品は、ヨーロッパアメリカでは、大胆な構図などとともに、青色、特に藍色の美しさで評価が高い。
この鮮やかな青は藍(インディゴ)の色であり、欧米では「ジャパンブルー」、あるいはのフェルメール・ブルー(ラピスラズリ)になぞらえて「ヒロシゲブルー」とも呼ばれる。
ヒロシゲブルーは、19世紀後半のフランスに発した印象派の画家たちや、アール・ヌーヴォーの芸術家たちに大きな影響をあたえたとされ、当時ジャポニスムの流行を生んだ要因のひとつともされている。